プラトンといえば『国家』。
哲人王、イデア論、魂の三区分――壮大な理想国家論を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、最晩年の対話篇『法律(Laws)』には、まったく異なる思想風景が広がっています。
ここには、
- 哲人王はいない
- イデア論はほぼ語られない
- 現実に運用可能な法律制度の設計が中心
という特徴があります。
英米研究では、この作品はしばしば
プラトンが理想主義から制度設計の現実主義へ到達した最終形
と評価されます。
さらに興味深いのは、本書の思想が
- 中国古典の「礼」
- 荻生徂徠の制度思想
とも響き合う点です。
この記事では、
- 登場人物
- テーマ
- 議論の展開
- 全12巻の構成
- 東洋思想との比較
- 結論
を、できるだけ道筋が見える形で整理します。
登場人物|ソクラテスがいない異例の対話篇
『法律』にはソクラテスが登場しません。
代わりに議論を担うのは三人。
- アテナイから来た見知らぬ客(アテナイ人)
議論の主導者。プラトン自身の立場を反映。 - スパルタ人メギロス
軍事的規律と伝統の代表。 - クレタ人クリニアス
新しい植民都市の立法担当者。
彼らは歩きながら、「新しい国家の法律」を設計していきます。

本書の中心テーマ|法律とは徳を育てる教育装置
プラトンにとって法律とは、
単なる秩序維持ではありません。
法律の目的は市民の人格形成である
国家の目標は、
- 知恵
- 節制
- 勇気
- 正義
という徳を育てることにあります。
なぜ細かい規則が必要なのか|習慣が魂をつくる
本書では驚くほど細かい規制が議論されます。
- 音楽形式
- 子どもの遊び
- 酒宴の作法
- 結婚制度
- 宗教儀礼
理由は明確です。
習慣こそが人格を形成する
理性だけでは徳は育たない。
形式と習慣が魂を調律するのです。
政治制度|哲人王ではなく「法の支配」
『法律』では、
人ではなく法が支配します。
理由は以下の通りです。
- 人間は誤る
- 欲望に左右される
- 権力は腐敗する
その結果、法律が最上位に置かれます。
財産制度|格差の制限
プラトンは経済格差を国家不安の要因と見ました。
- 土地均等配分
- 売買制限
- 富の格差は4倍以内
経済もまた倫理教育の一部です。
刑罰理論|治療としての刑罰
犯罪は魂の病と考えられ、
刑罰は矯正の手段とされます。
これは更生主義刑罰論の先駆と評価されます。
全12巻の構成を超要約|議論の道筋をつかむ
『法律』は大部で、道筋が見えにくい作品です。ここでは超要約で全体像をつかみましょう。
第1巻
法律の目的は戦争ではなく徳の形成であると確認。
第2巻
教育の重要性。音楽・体育・習慣が人格をつくる。
第3巻
国家の歴史的発展を考察し、制度の必要性を導く。
第4巻
新国家設立の基本原理を提示。
第5巻
市民生活の基本倫理、財産制限、人口規模。
第6巻
政治制度の設計、役職、選挙制度。
第7巻
教育制度の詳細設計。
第8巻
スポーツ、祭礼、軍事訓練。
第9巻
刑法理論。犯罪の分類と処罰。
第10巻
宗教と無神論批判。国家秩序と信仰。
第11巻
民事法・商業法規。
第12巻
法の最終原理と統治者の哲学的教育。
こうして見ると、
教育 → 制度 → 刑法 → 宗教 → 統治原理
という流れで国家設計が進んでいることがわかります。
結論|理想ではなく「次善の国家」
プラトンが到達したのは、
理想ではなく次善の国家
理想は困難でも、制度で善を最大化することは可能だと考えました。
中国古典の「礼」との共通点
このようにまとめてみると、プラトンの「法律」は中国古典の「礼」に思想的に非常に近いと感じられます。
中国古典の「礼」も、
- 行動規範
- 感情調律
- 教育制度
を含む秩序原理です。
共通点としては、
- 外面的規範が徳を育てる
- 習慣が人格を形成する
『法律』は「礼治国家」に近い思想とも言えます。
荻生徂徠の制度思想との共鳴
上記視点は、荻生徂徠の著作から得たものです。
徂徠は、
- 社会秩序は制度によって作られる
- 聖人とは制度設計者
と考えました。
これはプラトン晩年思想と近い立場です。
『法律』の思想史的意義
英米研究では本書は:
- プラトン政治思想の成熟形
- 教育国家論の源流
- 法の支配思想の先駆
と評価されています。
まとめ|制度による徳の哲学
『法律』の核心は:
人間は不完全
だから制度が人間を支える
これは、
- プラトン
- 儒家
- 徂徠
に共通する普遍的テーマです。
洋の東西を問わず、考える方向も手段も違うなかで、たどり着いた地点が近い場所だったというのは象徴的です。
『法律』は制度と人格形成をめぐる古典として、いまなお読む価値があるといえましょう。


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