哲学と聞けば、難しいというイメージを持たれがちです。
確かに、難しい問題を扱うときは論述も難解なものになりがちです。正確性を期すれば期するほど、難解になります。
しかし、すべての哲学がそうなのではありません。
とくに、プラトンは違います。
哲学に入門したい方は、まずプラトンから始めるべきです。プラトンは難解ではありません。おどろくほどやさしく読者を哲学に誘ってくれるはずです。
今回は、プラトンに注目して、その著作を紹介していきます。
哲学の源流・プラトン
教科書的にプラトンの生涯をおさらいしておきましょう。
プラトンは西暦前427年にギリシャのアイギナ島で生まれました。プラトンの一族は、著名な政治家を輩出する名家だったと考えられています。
当時のギリシャは、アテナイとスパルタが互いに覇を競って争う内戦の真っ最中でした。やがてこの戦争はスパルタ側の勝利に終わり、自由なアテナイの政治体制はスパルタの影響を受けた寡頭政治体制に移行していきます。
プラトンの師であるソクラテスが裁判によって死を宣告された背景には、内戦に敗れたアテナイの政治状況が反映していたのです。
ソクラテスの死は、プラトンに決定的な影響を与えました。プラトンはスパルタ式の独裁制に共感をもちませんでしたが、一方で民主制にもさして期待をもたなかった理由は、師・ソクラテスを死に追いやったのがほかならぬ民主制だったからでしょう。
ソクラテスの死後、プラトンはそれまで以上に哲学に打ち込むようになり、イタリアなどへも旅行し、その見聞を広めています。
傍ら、ソクラテスを主人公にしたさまざまな対話編を著し、その思索を深めていきました。現在残されているプラトンの作品は36編とされ、そのすべてがプラトンの真作かどうかは議論のあるところですが、古代の哲学者でこれほどの数の作品が現代まで伝えられているのはきわめて珍しいことです。
プラトンの対話編は、その多くがソクラテスを主人公としてさまざまな登場人物と対話するという形式になっています。
パターンとしては、ソクラテスは無知を決め込み、相手の対話者の議論を徐々に反駁していくというのが常道です。ではどんな種類の作品があるのか、日本語で読めるオススメの作品を紹介していきます。
文庫でよめるプラトン
文庫で読める、という点にしぼって紹介していきます。豪華な全集本では読みにくいですしね。どこでも読める文庫本が手軽でいいでしょう。
ソクラテスの弁明
まずは「ソクラテスの弁明」です。
若者を堕落させる、あるいは奇妙な神を崇拝するとして裁判にかけられたソクラテスの弁明です。民衆に対する演説という形式ですから、プラトンの対話編のなかでは異色の作品です。
しかし、プラトン作品の特徴は本書でもはっきり表れています。告発者であるメレトスをやりこめるソクラテスのシーンは、対話というよりむしろ言葉の決闘です。
どちらが正しいか、言葉で決着をつけよう。そういう態度です。
そういえば、プラトンの作品はどれもこれも言葉の決闘といえなくはありません。真理のための闘いなのです。
本書の最後に死刑判決を受けたソクラテスが、死についての考察を披露します。ソクラテスの確信を聞く読者にとっては、「死」が実に容易な、むしろ好ましいものに感じられるはずです。
哲学とは死の準備、だとすれば、プラトンの作品はまさしく哲学の名に値する優れた作品といえるでしょう。
メノン
この作品のテーマは、徳は教えられるかということです。
では「徳」とは何か、という議論になるのは当然で、「徳」をめぐって最初は対話が続けられます。
しかし、この対話編の興味深いところは、「徳」との関連で出てくる話ですが、「学ぶ」とは「思い出すこと」という主張がなされる点です。
そのことをソクラテスは奴隷の少年に対して数学の問題を解かせることで証明しようとします。
「学ぶ」のが「思い出すこと」ならば、私たちは自分が知っている以上のことを知ることはできないわけで、新たに知る、ということが意味をなさなくなります。
この「メノン」は非常に短い作品ですから、一気に読めると思います。ぜひ時間のあるときに一読してみてください。
ゴルギアス
ゴルギアスは大作「国家」のイントロダクションともいうべき中編です。
テーマは「正義」について。ソフィストのゴルギアスが主要人物かと思いきや、実際にソクラテスと問答するのはゴルギアスの弟子のポロスであり、さらには若い政治家カリクレスであったりと、ゴルギアスは最初に顔を見せるだけの存在にすぎません。
とくにカリクレスは個性的なキャラクターで、のらりくらりと議論をすすめるソクラテスに対して強烈な主張をぶつけ、読者に強い印象を残します。
ニーチェも共感したというカリクレスの主張の内容は、優れた者が劣った者を凌ぐべきであり、強者が弱者を支配するべきである、そしてそれが正義であるというシンプルなものですが、ソクラテスは問答によってカリクレスの主張を覆していきます。
惜しむらくは、途中でカリクレスが対話の意思を無くし、ほぼソクラテスの独白のような形になってしまうことですが、ソクラテスの論理展開は非常に面白く、議論のサンプルとしても参考になります。
国家
プラトンの代表作であり、もっとも有名な作品でもあります。
長編で文庫本にして2冊ですから、読むのに少し時間がかかります。
「国家」という書名ですが、テーマは「正義」についてです。
「正義」を考察するために、その手段として「国家」を考察してみよう、ということで国家について議論が始まります。
この作品には、有名な「イデア」論や「エルの物語」など興味深いエピソードがちりばめられています。
また、プラトンが本作で描き出す理想の国家というのが、妻子は共有、教育は男女問わず一元化、さらに必須の学問として哲学が採用され、そのなかからもっとも哲学的に優れた人物を指導者として選ぶべし、という現代の独裁国家も真っ青の全体主義国家だというのもおもしろい。
民主制が花開いたアテナイに育ったプラトンでしたが、その理想とする国家像が真逆のものだというのも読者の興味をそそると思います。
テアイテトス
「国家」を完成させたプラトンは、その後も思索を止めることはなく、さらに数々の作品をものしていきます。
しかし、これら「パルメニデス」以降の作品群は前期・中期の作品と比べると難解であり、最後の大作「法律」も決して読みやすいものではありません。
プラトンの作品に不可欠の存在だったソクラテスもだんだんとわき役にまわっていき、「法律」に至ってはソクラテスは登場しない設定になっています。
これら後期の作品のなかでもっとも読まれているのが「テアイテトス」でしょう。文庫本として手に入る作品としては「テアイテトス」しかありません。
しかし、この「テアイテトス」も読みやすいものではないのです。
テーマは「知識」とはなにか。非常に難しいテーマです。
「知識」とは何か、立ち止まって考えてみればわかりますが、カンタンに答えることは困難です。
プラトンがこのテーマに肉薄するために使用しているのは、いわゆるパルメニデスの「あるものはあり、あらぬものはあらぬ」というテーゼです。
このパルメニデスの見解は、ヘラクレイトス流の万物流転の世界観と決定的に対立するものです。
パルメニデスの世界では生成をうまく説明することができません。一方のヘラクレイトスの世界には生成しかありません。生成しかないということは、結局なにもないということで、これまた世界の存在をうまく説明することができないのです。
これら対立する見解をめぐって対話編はすすんでいきますが、なかなかむずかしい。
しかし、「国家」を読み終えた読者なら、プラトンの議論についていくことができるはずです。
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