荘子とは何者か──自由と逆説で世界をひっくり返した思想家

哲学

老荘思想の完成者・荘子の生涯と思想をわかりやすく解説

荘子とは誰か──史記に見る実像

荘子(荘周、そうしゅう)は、戦国時代中期の思想家である。
司馬遷『史記』「老子韓非列伝」によれば、荘子は宋国蒙(現在の河南省商丘付近)の人であり、貧しい暮らしの中で生涯を終えたとされる。

荘子者、蒙人也。名周。嘗為蒙漆園吏。(『史記』老子韓非列伝)

荘子はかつて「漆園の吏」という下級官吏を務めたことがあるが、政治の中枢に関わることはなかった。
楚の威王から高官として迎えられそうになったが、これをきっぱりと断った逸話は有名である。

吾聞楚有神亀、死已三千歳矣。王巾笥而蔵之廟堂之上。此亀者、寧其死為留骨而貴乎、寧其生而曳尾於塗中乎。(同)

荘子は「神亀の骨として祀られるより、泥の中で尾を引きずって生きる方がよい」と答え、出世を拒否した。
この逸話は、荘子の思想と生き方が一致していたことを象徴している。


『荘子』という書物──寓話と思想の結晶

『荘子』は現在33篇からなる書物で、
伝統的には内篇7篇のみが荘子本人の思想とされ、外篇・雑篇は後学の加筆と考えられている。

内篇(逍遥遊・斉物論・養生主など)には、荘子思想の核心が集約されている。
特徴は、抽象的な理論よりも、奇抜な比喩・寓話・逆説を通して読者の思考を揺さぶる点にある。


荘子の思想①──「逍遥遊」:真の自由とは何か

荘子思想の入口は、第一篇「逍遥遊」である。

至人無己、神人無功、聖人無名。(『荘子』逍遥遊)

ここで荘子は、
「自己に縛られず、功績を求めず、名声に囚われない者」こそが真に自由であると説く。

有名な大鵬の寓話もここに登場する。

北冥有魚、其名為鯤。鯤之大、不知其幾千里也。化而為鳥、其名為鵬。(同)

巨大な鯤が鵬へと変じ、天地を超えて飛翔する物語は、
小さな価値観に縛られた人間の認識を突き破る象徴として描かれる。

荘子の自由とは、「何でもできる自由」ではなく、
比較・評価・競争そのものから降りる自由なのである。


荘子の思想②──「斉物論」:正しさは本当に存在するのか

「斉物論」は荘子哲学の核心であり、最も難解な篇でもある。

彼亦一是非、此亦一是非。(『荘子』斉物論)

あちらの正しさも一つの是非、こちらの正しさも一つの是非にすぎない。
つまり、絶対的な正誤は存在しないという認識である。

荘子は、言語そのものが世界を分断すると考えた。

道隠於小成、言隠於栄華。(同)

「道(真理)は小さな完成に隠れ、言葉は美辞麗句に隠される」。
言葉で整理し、定義し、正義を主張するほど、真理から遠ざかるという逆説である。

これは相対主義ではあるが、
単なる「何でもアリ」ではなく、人間中心主義への根本的批判と読むべきだろう。


荘子の思想③──「養生主」:生き延びる知恵としての思想

荘子は抽象哲学者であると同時に、現実を生き抜く知恵にも鋭かった。

「養生主」に登場する庖丁(料理人)の寓話は象徴的である。

依乎天理、因其固然。(『荘子』養生主)

庖丁は力任せに牛を切らず、骨と骨の隙間をなぞるように包丁を入れる。
結果として、包丁は何年経っても切れ味を失わない。

これは、
世界の構造に逆らわず、自然な流れに身を委ねる生き方を示している。


荘子の思想④──「死生一如」:生と死の区別を超える

荘子は生死についても独特の視点を持つ。

生也死之徒、死也生之始。(『荘子』至楽)

生は死の仲間であり、死は生の始まりである。
有名な妻の死を前に鼓を打つ荘子の逸話も、この思想を体現している。

死を不幸と決めつけるのは、人間の一方的な価値判断にすぎない。
荘子は、生死さえも「斉(ひと)しく見る」視座を提示した。


後世への影響──宗教・文学・思想への浸透

荘子の影響は、老子以上に広範である。

  • 道教思想の精神的基盤
  • 禅宗(とくに公案的発想)への影響
  • 中国文学における自由な文体と諧謔
  • 日本では、松尾芭蕉・与謝蕪村・西田幾多郎などにも間接的影響が指摘される

とりわけ禅との親和性は高く、
「言葉で真理を語れない」という姿勢は、公案思想と深く共鳴している。


白川静の評価──荘子こそ孔子の正当後継者

漢字学者・白川静は、「孔子伝」で非常に刺激的な評価を行っている。
それは、「荘子こそが孔子の思想を最も深く継承した人物である」という見解である。

白川によれば、
後世の儒教(とくに漢代以降)は、礼・制度・秩序を絶対化することで、
孔子本来の「生きた思想」を失ってしまった。

一方、荘子は、

  • 人為的秩序への懐疑
  • 生の現場から思想を立ち上げる姿勢
  • 固定化された「正しさ」への抵抗

という点で、
『論語』に見られる孔子の実践的精神を、別の形で継承したとされる。

荘子は反儒家ではあるが、
儒教が失った孔子の核心を、逆説的に守り抜いた存在だというのである。


まとめ──荘子は「逃げ」の思想家ではない

荘子は、現実逃避の思想家ではない。
むしろ、現実を生き抜くために、世界の見方そのものを変えよと迫った思想家である。

競争・評価・正義・成功といった枠組みから一歩引き、
それでもなお「生きる」ことを肯定する。
荘子の思想は、現代人にとってますます切実な意味を持っている。

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