陰陽五行思想とは「静」と「動」を同時に説明する思想である
陰陽五行思想とは、陰陽思想と五行思想が統合された中国古代の世界観を指します。
結論から言えば、この統合によって初めて、中国思想は「世界を説明する完成度の高いモデル」を獲得しました。
陰陽が示すのは、あらゆる存在に内在する二つの相反する性質です。
五行が示すのは、世界がどのような段階と循環を経て変化していくかという運動の秩序です。
陰陽は「状態」を、五行は「過程」を説明する。
この役割分担こそが、両者が結びついた理由でした。

陰陽思想の基礎──世界は二つの力で成り立つ
陰陽思想の最古層は、『易経』に見ることができます。
「一陰一陽之謂道」
——『易経・繋辞伝』
「一陰一陽」、すなわち陰と陽が交互に現れること、それ自体が「道」であるという宣言です。
陰とは、静・内・下・冷・柔。
陽とは、動・外・上・熱・剛。
重要なのは、善悪や優劣ではなく、相補関係として理解されている点です。
「陰陽者、天地之道也」
——『黄帝内経・素問』
陰陽は天地そのものの原理であり、万物の根本構造だとされました。
陰陽思想の限界──「二つ」だけでは説明しきれない現実
しかし、陰陽思想には弱点もありました。
それは、世界の多様な変化を二分法だけで説明するには粗すぎるという点です。
たとえば、
- 春と秋の違い
- 成長と成熟の違い
- 生と死の「あいだ」の段階
これらは「陰か陽か」だけでは捉えきれません。
ここで登場するのが、五行思想です。
五行思想の成立背景──陰陽論から五行へ
五行思想は、陰陽思想と並行して発展しましたが、成立時期としては戦国時代(前5〜前3世紀)に理論化されたと考えられています。
『尚書』や『左伝』などに五行の萌芽的表現は見られますが、体系的に五行が整理されるのは戦国後期以降です。
たとえば『尚書』「洪範」には、すでに五行の基本的定義が現れています。
「五行:一曰水、二曰火、三曰木、四曰金、五曰土。」
——『尚書』洪範
この短い一文が、後世二千年以上にわたる思想体系の出発点になります。
五行それぞれの意味──単なる「五つのモノ」ではない
木──生長し、伸び広がる力
木は「生じ、伸び、発展する」性質を象徴します。春・東・青・仁などと結びつけられます。
『尚書』洪範では、木の性質を次のように説明します。
「木曰曲直」
——『尚書』洪範
「曲直」とは、曲がりながらもまっすぐに伸びること。
木は、生命が外へ外へと展開していく力の象徴です。
火──上へ昇り、熱し、変化させる力
火は「熱・上昇・変化」を表します。夏・南・赤・礼と結びつきます。
「火曰炎上」
——『尚書』洪範
火は万物を変化させます。
焼けば形が変わり、溶け、光を放つ。転化と顕現の原理です。
土──受け止め、育て、調整する力
土は「中央」に位置づけられ、他の四行を受け止め、つなぐ役割を担います。
「土爰稼穡」
——『尚書』洪範
稼穡とは、耕し、実らせ、収穫すること。
土は、生成変化を支える基盤であり、調和の象徴です。
金──固まり、切り、秩序を与える力
金は「収斂・整理・規律」を象徴します。秋・西・白・義と対応します。
「金曰従革」
——『尚書』洪範
「革」は変革・切断を意味します。
金は、不要なものを切り、形を整える力です。
水──下へ流れ、潤し、蓄える力
水は「流動・柔軟・蓄積」を表します。冬・北・黒・智と結びつきます。
「水曰潤下」
——『尚書』洪範
水は争わず低きに流れますが、万物を生かします。
この点は老子思想とも強く響き合います。
相生と相剋──五行は「循環」と「緊張」で成り立つ
五行思想の核心は、五つの行が固定的に存在するのではなく、相互作用する点にあります。
相生──生み出す循環
- 木生火(木は燃えて火を生む)
- 火生土(火は灰となり土を生む)
- 土生金(土中から金属が生まれる)
- 金生水(金属の冷えから水が生じる)
- 水生木(水は木を育てる)
これは生成の循環です。
相剋──抑制し合う関係
- 木剋土(木は土の養分を奪う)
- 土剋水(土は水をせき止める)
- 水剋火(水は火を消す)
- 火剋金(火は金を溶かす)
- 金剋木(金は木を切る)
こちらは暴走を防ぐための制御原理です。
この「生」と「剋」のバランスによって、世界は安定すると考えられました。
五行思想の役割──変化を「五つの段階」で捉える
五行思想は、世界の変化を次の五つの位相として整理しました。
「木曰曲直、火曰炎上、土爰稼穡、金曰従革、水曰潤下」
——『尚書』洪範
五行は、時間・方向・成長段階・機能を表す概念です。
つまり五行は、「変化のプロセス」を説明する装置でした。
統合の決定打──陰陽が五行を「駆動」する
陰陽と五行が結びついたとき、思想は飛躍します。
五行は単独では、やや「分類表」に近い。
しかしそこに陰陽が入ることで、五行は動き出すのです。
『淮南子』は、この統合を明確に語っています。
「陰陽之気,化而為五行」
——『淮南子・天文訓』
陰陽の気が変化することで、五行が生まれる。
つまり、陰陽はエネルギー原理、五行はその展開形態なのです。
陰陽五行の構造──抽象から具体へ
整理すると、次のような階層構造になります。
- 道(宇宙の根本原理)
- 陰陽(二つの基本的性質)
- 五行(具体的な変化の型)
- 万物(自然・社会・人体)
この構造によって、宇宙から人間までを一貫した論理で説明することが可能になりました。
医学における完成形──陰陽五行は「人体宇宙論」になる
『黄帝内経』では、陰陽五行は完全に統合されています。
「陰陽者、血気之男女也」
——『黄帝内経・素問』
さらに五行は臓腑と対応します。
「肝属木、心属火、脾属土、肺属金、肾属水」
——『黄帝内経・素問』
病とは、単なる器官の故障ではなく、
陰陽の失調、五行循環の乱れとして理解されました。
これは近代医学とは異なるものの、
「関係性として身体を見る」という点で、非常に高度な視点です。
政治思想への応用──王朝もまた陰陽五行に従う
前漢の董仲舒は、陰陽五行を国家論にまで拡張しました。
「天以陰陽五行為王者立法」
——『春秋繁露』
王朝の興亡、制度の盛衰は、
陰陽の偏りや五行徳の交代として説明されます。
これにより政治は、単なる権力闘争ではなく、
「天の秩序に沿うか否か」という倫理的問題として語られました。
道教における深化──修行論としての陰陽五行
道教では、陰陽五行は内丹術・養生法の理論基盤になります。
身体は小宇宙であり、
呼吸・食・行動によって陰陽五行を調えることで、
自然と一体化できると考えられました。
ここで陰陽五行は、
知識ではなく実践の哲学へと変貌します。
まとめ──陰陽五行思想は「関係性の哲学」である
陰陽五行思想の本質は、
世界を固定的な「モノ」としてではなく、
関係・循環・バランスとして捉える視点にあります。
二項対立を超え、
多様性を秩序として理解しようとしたこの思想は、
現代においても驚くほど示唆に富んでいます。

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