ベルクソン『物質と記憶』とは何か――「心」と「身体」をめぐる百年越しの難問に挑んだ哲学書

哲学

「心は脳の産物なのか?」
「記憶は脳の中に保存されているのか?」

こうした問いは、現代の脳科学やAI研究でも繰り返し問われています。
しかし、この問題に100年以上前から真正面から取り組んだ哲学者がいました。
それが アンリ・ベルクソン です。

1896年に刊行された『物質と記憶』は、

  • 心と身体の関係
  • 知覚とは何か
  • 記憶とはどこに、どのように存在するのか

という根本問題を、従来とはまったく違う角度から捉え直した書物です。

本書は難解で知られますが、核心は意外なほどシンプルです。
ベルクソンは一言でこう言おうとします。

心と物質は、同じ世界を「違う仕方で切り取っている」にすぎない

以下、その論理を順を追って見ていきましょう。


第1章 ベルクソンとはどんな思想家か

アンリ・ベルクソン(Henri Bergson, 1859–1941)は、
19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの哲学者です。

■ 数学エリートから哲学へ

ベルクソンはもともと数学の天才でした。
若い頃は数学者の道を期待されていましたが、やがて哲学へ転じます。

この経歴は重要です。
彼の哲学は、

  • 抽象的だが論理が非常に厳密
  • 科学(特に物理学・生理学)と真っ向から向き合う

という特徴を持っています。

■ 時間の哲学者

ベルクソンの代表的テーマは「時間」です。
時計で測れる時間ではなく、

  • 生きられた時間
  • 内側から流れる時間

を彼は 「持続(デュレー)」 と呼びました。

『物質と記憶』は、この「持続」の思想を
心と身体の問題に適用した書物だと理解すると、全体像が見えやすくなります。


第2章 本書の基本テーマ──「心身二元論」をどう超えるか

『物質と記憶』の最大のテーマは、古典的な哲学問題です。

心(精神)と身体(物質)は、どういう関係にあるのか?

■ 従来の2つの立場

この問題には、伝統的に2つの立場がありました。

  1. 唯物論
     心は脳の働きにすぎない
  2. 二元論
     心と身体は別物で、相互作用する

ベルクソンは、どちらにも満足しません。

  • 唯物論 → 意識の質を説明できない
  • 二元論 → 両者の関係が説明不能

そこで彼は、問いの立て方そのものを変えるのです。


第3章 物質とは何か──「像(イマージュ)」としての世界

ベルクソンは、まず「物質」の定義から問い直します。

彼は言います。

世界は「像(イマージュ)」の集合である

■ 「像」とは何か

ここでいう「像」とは、

  • 純粋な物質でもなく
  • 主観的な表象でもない

中間的な存在です。

私たちの身体も、机も、木も、すべて「像」です。

重要なのは、

  • 世界は最初から「意味づけられた像」で満ちている
  • 私たちはそこから必要な部分だけを切り取っている

という点です。


第4章 知覚とは何か──脳は「選別装置」である

では、「知覚」はどう生じるのでしょうか。

ベルクソンの答えは、かなり挑発的です。

脳は知覚を生み出さない。脳は知覚を制限する

■ 知覚は世界の縮約版

私たちは世界のすべてを知覚しているわけではありません。

  • 危険なもの
  • 役に立つもの
  • 行動に関係するもの

だけを知覚しています。

つまり知覚とは、

行為のために世界を切り詰めた結果

なのです。

脳の役割は、

  • 情報を生産することではなく
  • 行動に不要な情報を遮断すること

にあります。


第5章 記憶とは何か──記憶は脳の中にない

ここで本書最大の山場、「記憶」の議論に入ります。

ベルクソンは、記憶を2種類に分けます。

■ 習慣記憶(身体の記憶)

  • 自転車に乗れる
  • キーボードを打てる

これは身体に刻み込まれた記憶です。
脳や神経系と密接に結びついています。

■ 純粋記憶(精神の記憶)

一方で、

  • 昔の風景を思い出す
  • 過去の感情がよみがえる

こうした記憶は、
現在の行動とは直接関係しません

ベルクソンはここで大胆に言います。

純粋記憶は、脳の中に保存されていない

脳は、

  • 記憶を「保管」する場所ではなく
  • 必要な記憶を「呼び出す装置」

にすぎないのです。


第6章 過去は消えない──持続としての記憶

では、記憶はどこにあるのか。

ベルクソンの答えは明確です。

過去は、過去として存在し続けている

時間は、

  • 過去が消えて
  • 現在だけが残る

というものではありません。

過去はすべて積み重なり、
現在の意識の奥底に「凝縮」されています。

記憶とは、

過去が現在に作用する仕方

なのです。


第7章 本書の結論──心と身体は「二つの方向」

『物質と記憶』の結論は、こうまとめられます。

  • 物質とは「行為へ向かう流れ」
  • 精神とは「過去へと沈潜する流れ」

心と身体は別物ではなく、

同じ現実を、逆方向から見ている

にすぎません。

  • 脳は未来へ向かう
  • 意識は過去を抱え込む

この二つが交差する点に、
私たちの「現在の意識」が生まれるのです。


おわりに──なぜ今『物質と記憶』なのか

AIや脳科学が進む現代でも、

  • 意識とは何か
  • 記憶はどこにあるのか

という問いは解決していません。

ベルクソンは、
「答え」を出すというより、

問いの立て方を変えよ

と私たちに迫ります。

『物質と記憶』は、
読むたびに世界の見え方が少し変わる、
そんな不思議な哲学書です。

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