歴史と精神の深部をえぐる一作――武田泰淳「司馬遷」を読む

中国史

武田泰淳の「司馬遷」は、中国前漢の歴史家・司馬遷の生を題材にしながら、単なる歴史小説の枠を超え、人間が真実を書くとはどういうことか、権力と精神はいかに対峙しうるのかを鋭く問いかける作品である。史記という巨大な歴史書を生んだ一人の知識人の苦悩を通して、本作は読者に「生き方」そのものを突きつけてくる。重厚でありながら切実、思想的でありながら生々しい――それが本作の最大の魅力である。

屈辱の先にある「書く」という行為

本作は、司馬遷が父・司馬談の遺志を継ぎ、国家の公式史である『史記』の編纂に人生を賭ける姿を軸に展開される。彼は広大な中国世界を遍歴し、王侯から市井の人々に至るまで、多様な人間の生を記録しようとする。しかし、将軍・李陵を弁護したことにより、皇帝・武帝の逆鱗に触れ、極刑に近い宮刑(去勢刑)を受けることになる。

この決定的な屈辱と断絶は、司馬遷の人生を根底から揺るがす。死を選ぶこともできた彼が、それでも生き延び、『史記』を書き続ける道を選んだ理由は何だったのか。本作は、その問いを観念的に処理するのではなく、肉体の苦痛、社会的侮蔑、精神の崩壊寸前の葛藤として、執拗に描き出す。

「史を書く」とは何か

武田泰淳が描く司馬遷は、決して高潔な聖人ではない。恐怖に怯え、屈辱に打ちのめされ、自尊心と使命感の間で引き裂かれる一人の弱い人間である。だからこそ、彼がそれでもなお「史を書く」ことを選び取る姿は、強烈な説得力を持つ。

『史記』は勝者のための歴史ではなく、敗者や異端者、志半ばで倒れた者たちをも記録する書である。武田はそこに、権力の正統性を裏切り、真実に殉じようとする知識人の姿を重ねる。歴史を書くことは、単なる記録ではなく、沈黙を強いられた声を救い上げる行為なのだ、という強い倫理的主張が、本作には貫かれている。

肉体と精神の断絶、そして再生

宮刑という主題は、本作においてきわめて重要である。それは単なる歴史的事実ではなく、「人間から人間性を奪う権力の暴力」を象徴する出来事として描かれる。肉体を破壊され、社会的に死者同然となった司馬遷は、それでもなお精神の中に言葉を育て続ける。

武田泰淳の筆致は、この過程を美化しない。むしろ、醜さ、恨み、自己嫌悪といった感情を徹底して描き込む。その上で、なお書くことをやめない司馬遷の姿を提示することで、「精神の尊厳はどこに宿るのか」という根源的な問いを浮かび上がらせる。

武田泰淳という作家――中国文学と思想の架橋

武田泰淳は中国文学研究者としての深い素養を持ち、魯迅研究や中国思想への鋭い理解を背景に創作を行った作家である。「司馬遷」においても、中国古典の知識は単なる装飾ではなく、作品の思想的骨格そのものを形成している。

特に魯迅的な「抵抗する精神」、すなわち敗北や屈辱を引き受けたうえでなお批判をやめない姿勢は、本作の司馬遷像に色濃く反映されている。武田にとって司馬遷は、遠い古代の歴史家であると同時に、現代に生きる知識人の分身でもあった。

戦時下日本と知識人の倫理

「司馬遷」が執筆されたのは戦後ではなく、日中戦争から太平洋戦争へと突き進む戦時下の日本である。言論統制が強まり、国家と文学・思想が密接に結びつけられていったこの時代において、作家や知識人は否応なく「国家に奉仕する言葉」を求められていた。

そうした状況の中で、権力によって肉体と尊厳を奪われながらも、なお真実を書くことをやめなかった司馬遷の姿は、きわめて危うく、同時に切実な意味を帯びる。武田泰淳は、露骨な時局批判を避けつつも、古代中国という仮構の距離を通して、権力に従属しない精神のあり方を描き出したのである。

「正史」と国家の物語への懐疑

戦時下の日本では、歴史や物語は国家的動員の装置として強く機能していた。過去は都合よく整理され、英雄像は現在の戦争を正当化するために再編成される。その中で、「誰のための歴史か」「歴史を書くことは権力にどう関与するのか」という問いは、極めて切実な問題であった。

勝者の論理ではなく、敗者や沈黙させられた者の生をも記録しようとする司馬遷の姿勢は、国家が要求する単線的な歴史観への静かな反抗として読むことができる。一方で、その行為が決して英雄的勝利に結びつかないことも、武田は冷静に描いている。

おわりに――なぜ今、「司馬遷」を読むのか

武田泰淳「司馬遷」は、読みやすい作品ではない。思想的にも重く、感情的にも読者を消耗させる。しかし、その困難さこそが、本作の価値である。真実を書くことの痛み、言葉に責任を持つことの重さを、これほど切実に伝える作品は多くない。

情報が氾濫し、言葉が軽く消費されがちな現代において、「書くとは何か」「沈黙と発言のどちらを選ぶのか」という問いは、いっそう切実さを増している。だからこそ今、司馬遷の苦悩と決断を描いたこの作品は、過去の文学ではなく、現在進行形の問いとして私たちに迫ってくるのである。

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