イスラムの理解のために 大川周明「回教概論」を読む

書評

乱暴な言い方をすれば、私たちはイスラム教について無知といっても過言ではありません。

イスラム教とはどういう宗教なのか、何を根本経典とするのか、生活上でどのような制約があるのか、教団というものはあるのか、少し反省してみただけで、このような疑問が即座に頭に浮かびます。

イスラム教について一般的な知識を得たいなら、大川周明「回教概論」がオススメです。

回教とはイスラム教のことです。戦前の著作ですが、コンパクトにまとまったイスラム入門書としては出色の作品です。

さっそくご紹介していきましょう。

本書の構成

本書は8章構成です。

第1章 序説
第2章 アラビア及びアラビア人
第3章 マホメット
第4章 古蘭及び聖伝
第5章 回教の信仰
第6章 回教の儀礼
第7章 回教教団の発達
第8章 回教法学の発達

カンタンに注釈しましょう。

第4章の古蘭というのはコーラン(クルアーン)のことで、聖伝とはマホメット(ムハンマド)の言行録であるハディースのことです。

このように表記が古いので慣れるまでは少し時間がかかるかもしれません。

また文章も文語調というか独特です。少し長いですが引用しましょう。

草原地帯では、アラビア経済の主要部門たる羊・馬・駱駝の放牧が行われる。馬はキリスト紀元前後にシリアより輸入せられ、アラビアに於ける最も贅沢なる家畜として、これを所有することは直ちに富者の証左となる。馬のアラビア人に重んぜらるるは、疾風の如き駿馬が、彼等の生業なりし掠奪に最も必要なりし故である。飲む水なくしてその子が泣き叫んで渇を訴える時でも、馬の飼主は最後の一滴をその子に与えずして馬に与える。かかる愛育によってアラビア馬は、その颯爽たる姿、その耐久力、その聡明、その忠誠に於て、実に世界無比のものになった。

大川周明 「回教概論」 p30

上の一文は第2章からの引用ですが、大川の文体がはっきりあらわれていると思います。

漢語を好むことと、それによって生まれる文章のリズムがその著しい特徴です。

こういった文章も読み始めてリズムに乗ればまったく苦にならなくなります。つまり慣れの問題ですね。

ちなみに私は大川のこの文体が好きです。多くの大川の作品のなかでも、この「回教概論」は非常に読みやすい部類に入ると思います。

アラビアの風土からイスラム法学まで

本書の構成を見ていただければわかりますが、大川はイスラム教が生まれたアラビアの風土・環境から筆をおこし、マホメット(ムハンマド)の小伝、コーランの内容、イスラム教の五行、礼拝の前の清浄、イスラム教団発達の歴史、さらに最後はイスラム法学の紹介など、260ページ強の文庫本によくこれほどの情報をつめこんだものだと感心します。

しかも、その説明はきわめて簡潔でよくまとめられており、相当の学者でなければこういった概論は書けるものではありません。

巻末の解説でもあるように、魯迅の翻訳で有名な竹内好が絶賛したというのもうなづけます。

文庫本ですから持ち運びも容易なので、私などはポケットに忍ばせて時間のあるときに読んでいました。イスラム教の一般的な知識を得るにはうってつけの本だと断言します。

イスラム教といえば井筒俊彦ですが、井筒の著作は少し思想方面、とくにスーフィズムに偏っているように見受けられます。

専門家にとっては面白いでしょうが、イスラム教について知りたい素人に向いているとは思いません。大川の「回教概論」を熟読するのをオススメします。

ひとつだけ注意点

注意点としては、大川の思想的傾向によるバイアスがあげられます。この「回教概論」は大川の著作としては比較的おだやかな、思想的にもフラットな作品ですが、大川がもつアジア主義的傾向には注意が必要です。

本書でもところどころにイスラム教への西洋人の偏見・蔑視に対する大川の怒りがつづられています。戦前にものされた作品であることを考えると、大川がイスラム教に関心を持った契機もアジア主義的心情からだったのではないかと考えられます。

そういえば、本書を絶賛した竹内好もアジア主義的傾向をもった思想家でした。

大川のイスラム教への同情もすこし距離をおいて見る必要があると思います。それはイスラム教の評価にバイアスをかけるものだからです。

この点を差し引いても、本書はイスラム教の入門書として非常にすぐれたものです。ぜひ本書からイスラム教の理解を始めてみてはどうでしょうか。

回教概論 (ちくま学芸文庫 オ 17-1)
回教概論 (ちくま学芸文庫 オ 17-1)

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