――消費が伸びない構造と、政府がもつ「限界ある手段」
近年、「中国経済は失速した」「もはや成長は終わった」という言説を頻繁に目にする。一方で、中国は依然として世界第2位の経済大国であり、強力な政府主導の政策手段を保持しているのも事実だ。
では、中国経済はいま本当にどの段階にあるのか。
そして今後、再び明確な上昇気流に乗ることは可能なのか。
結論を先取りすれば、中国経済は崩壊しているのではない。
しかし同時に、かつてのような高成長軌道に戻る可能性も低い。
本稿では、中国経済の現状を整理したうえで、
- なぜ中国では消費が伸びないのか
- 政府は景気を押し上げる手段を持っているのか
- それでもなぜ「上昇気流」に乗れないのか
を、構造的に解説していく。
中国経済の基本構造|「投資・輸出主導モデル」の成功と限界
改革開放以降の中国経済は、
安価な労働力 × 巨大人口 × 輸出主導
というモデルによって急成長してきた。
2000年代以降はこれに、
- インフラ投資
- 不動産開発
が加わり、成長はさらに加速する。地方政府は土地を売却して財源を確保し、銀行は不動産向け融資を拡大し、住宅は「住むもの」である以上に「最良の資産」として位置づけられた。
このモデルは長らく機能したが、やがて明確な限界を迎える。
人口減少、住宅の供給過剰、地方政府債務の膨張――
かつて成長エンジンだった不動産は、いまや最大の重荷となっている。

なぜ中国で消費が伸びないのか|表層ではなく構造の問題
① 消費するより「備える」ほうが合理的な社会
中国で消費が伸びない最大の理由は、単なる景気悪化ではない。
制度そのものが、消費より貯蓄を合理的にしている点にある。
- 医療・年金の自己負担が大きい
- 失業時のセーフティネットが弱い
- 地域間格差が大きい
この環境では、家計にとって
消費するより、備えるほうが合理的
となる。
政府が補助金を出せば一時的に消費は動くが、それは「前借り」にすぎない。補助金が切れれば、消費も止まる。消費が自律的に回復しない理由は、ここにある。
② 不動産が「消費を吸い取ってきた」歴史
中国では長年、
- 結婚には住宅が必須
- 住宅価格は上がり続ける
- 不動産は最も安全な資産
という社会的共通認識があった。
その結果、家計資金の多くが住宅購入やローン返済に向かい、日常消費は後回しにされてきた。さらに現在は、住宅価格下落による逆資産効果が消費を一段と抑え込んでいる。
これは、日本のバブル崩壊後と極めて似た現象である。
③ 若者が「未来を信じにくくなっている」
若年層の失業率の高さは、中国経済の現在地を象徴している。
- 大卒者の急増
- 成長産業の吸収力低下
- 安定職志向の拡大
この結果、結婚・出産・消費が先送りされる。
かつて存在した「努力すれば生活が良くなる」という上昇感覚は弱まり、期待成長率の低下が消費マインドを冷やしている。
中国政府は手段を持っているのか|答えは「YES、ただし」
中国政府は、主要国の中でも最も強力な経済介入能力を持つ。
- 国有銀行への融資指示
- 国有企業・地方政府への投資命令
- 財政・金融政策の即応性
これにより、景気が悪化すれば底割れを防ぐことは可能だ。
短期的な景気対策という点では、中国政府は今なお圧倒的な力を持っている。
さらに、中国の切り札は産業政策である。
AI、EV、半導体、再生可能エネルギーなど、特定分野に資源を集中投入することで、世界トップ級の競争力を築く可能性は十分にある。
それでも「上昇気流」に乗れない理由
理由① 不動産という過去の重荷
政府は不動産市場の急落は防ぐが、再バブルは許さない立場を取っている。
これは安定にはつながるが、新たな成長エンジンにはならない。
理由② 消費が自律回復しない
社会保障改革や所得分配の抜本見直しなしに、内需主導型経済へ転換することは難しい。しかしそれは、政治的にも財政的にも痛みを伴う改革である。
理由③ 成長より統治を優先する政治判断
現在の中国指導部は、高成長そのものをリスクと見なしている。
- 民間企業への規制
- 格差是正の重視
- 社会の統制強化
これらは、成長率を犠牲にしてでも統治の安定を優先する選択だ。政府自身が、かつてのような成長を必ずしも望んでいない。
中国経済はどこへ向かうのか|「墜落しない大型機」
中国経済を一言で表すなら、次の比喩が最も近い。
中国経済は、
再び飛び立つ飛行機ではない。
高度を下げながらも、墜落しない大型機である。
全面的な上昇気流に乗る可能性は低い。
しかし、分野限定の成長や、急激な崩壊を防ぐ能力は極めて高い。
おわりに|「性格が変わった中国経済」をどう見るか
重要なのは、中国経済を
「終わった」「失敗した」
と単純化しないことだ。
中国経済は崩壊しているのではない。
性格が変わったのである。
この変化をどう受け止めるかは、日本経済や世界経済を考えるうえでも避けて通れない課題だろう。



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