新書は幅広い知識を身につけるのにうってつけのツールです。
なかでも中公新書は、長い歴史と膨大なラインナップで多くの読者から厚い信頼を得ています。内容も専門性の高いものが多く、そのため読んでいて退屈になるときもありますが、客観性という点では新書のなかでも随一ではないでしょうか。
政治的に偏ったところもありません。あくまで公平を旨としている印象です。
そんな中公新書のなかから、実際に読んで面白かった作品を厳選して5冊ご紹介します。
あまりに専門的なものは読んでいて退屈ですので、なるべく楽しく読めるものを紹介していきます。
題材が歴史に偏りがちなのは私の趣味によるものです。その点はご容赦ください。
岡田英弘「倭国」
後漢から三国時代、そして晋と五胡による大混乱、そして周辺諸民族の勃興という流れのなかで「倭国」の登場と日本への変貌を跡付ける名著です。
岡田英弘氏の思い切った断定にツッコミを入れるのも忘れ、一気に読み進められます。
たとえば、後漢末、黄巾の乱により中国の人口が激減し、中華民族が事実上絶滅したとする見解などは非常に興味深く感じました。快刀乱麻を断つ、というのでしょうか、誰に気兼ねするでもなく鮮やかな論理で古代史を解き明かしていく本書は読んでいて気持ちのいいものです。
なかなか説得力もあります。古代史に興味を持ったらまず読んでみて損はありません。
とにかく歯切れがよくて面白い。こういうことを書けば著者に怒られるかもしれません。なぜなら、本書6ページに「面白いということは、本当だということではない。」と書かれてあるからです。
著者が望むのは面白いと感じてもらうことではなく、著者の見解が事実に近いと認めてもらうことでしょう。
ぜひ皆さんも本書に目を通してそれぞれが判断していただきたい。
オススメです。
曽村保信「地政学入門」
最近よく目にする「地政学」という言葉をよく知りたいならまずはこの本です。
地政学の創始者ともいえるマッキンダーの紹介から、ドイツの優れた地政学者であったハウスホーファーの世界観、アルフレッド・マハンやスパイクマンなどのアメリカの地政学者についてもコンパクトにまとめられています。
「シーパワー」や「ランドパワー」、「リムランド」などの基本的な地政学の用語について知る上でも非常に有益です。
この本を一読するだけでも国際政治が私たちの日常の論理とは異なる次元で動いているのがよくわかるはずです。憲法9条が戦争を抑止するうえでどれほどの効果があるのか、この本を読んだ後では絵空事のように感じられるのではないでしょうか。
多くの人に読んでもらいたい一冊です。
三田村泰助「宦官」
世にも奇妙な存在、それが「宦官」です。20世紀にも宦官は存在しましたから、決して古臭い話ではありません。
要するに宦官とは去勢された男性のことですが、中国史はこの宦官を抜きにしては語れません。それほど重要な役割を果たしたのです。
ときには国家の危機を救い、ときには国家を腐敗させ、ときには国家を滅亡にも追いやる厄介な存在です。
この本の副題が「側近政治の構造」となっているのは故のないことではありません。
日本史には登場しないきわめて珍しい存在である「宦官」を通じて中国史独特の側面が見えてくるはずです。
宮崎市定「科挙」
宦官とならんで中国史における国家の命運を左右した存在が官吏です。その官吏になるための試験、それが「科挙」です。
副題は「中国の受験地獄」となっています。この本を読めばわかりますが、それはまさに地獄であって日本の受験地獄など比ではありません。
この「科挙」という制度を通してかつての中国の社会がどのようなものであったか浮かび上がらせようというのが本書の目的です。
本書を読むと、魯迅の「孔乙巳」などもよくわかるように感じました。
しかし、すさまじいのはこの科挙に合格した人々の能力の高さです。
たしか東洋文庫ミュージアムだったと思いますが、科挙に首席で合格した人の答案用紙を展示していたことがありました。その筆跡の美しいこと、まさに驚くべしです。彼らの努力はいかばかりであったかと思いを深くしました。
本書は科挙という制度について知るための必読書といっていいでしょう。
小林登志子「シュメル 人類最古の文明」
最古の文明を築いた民族、それがシュメル人です。
現在のイラクあたり、ティグリス河とユーフラテス河にはさまれた場所に繁栄したおどろくべき文明。そのシュメル人の文明と歴史を概観できる便利な本です。
冒頭に収められているウルの王墓やジグラトのカラー写真を見るだけでも非常に楽しい。何千年も前の建築物がよく残っているものだと感心します。
偉大な足跡を残した謎多きシュメル人についてだけでなく、古代メソポタミヤ文明についての概略を知るのにうってつけの名著です。
出土品の写真も多く掲載されており(ほとんどはカラーではなく白黒ですが)、眺めているだけでも楽しいものです。
古代史に興味がある方はぜひ手に取ってごらんになってください。
まとめ
中公新書は、ともすれば専門性の高い著作が多く、素人が読むと途中で飽きてしまうケースも少なくありません。有益な作品であるのは確かですが、あまり精確性に神経質になられても読者は楽しめないものです。
今回ご紹介した5冊は中公新書のなかでも比較的読みやすく、かつ面白い作品ばかりです。
興味を持った方は中公新書の他の作品にも手を伸ばしてみてください。レベルの高さという点では数ある新書シリーズのなかでも随一だと思います。
広大な中公新書の世界を堪能していただきたいと思います。
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