孫子と並び称される兵法家が呉子です。
しかし、孫子と違い呉子について知っている人は意外に少ないのではないでしょうか。
今回は呉子に焦点をあてて、その生涯や名言をご紹介していきます。あわせて呉子を詳しく知りたい方のためにいくつか参考文献もご紹介します。
それでは、まず呉子とはどんな人物なのか、史記の「呉起伝」をもとに紹介していきましょう。
呉子の生涯
呉子の名前は「起」といい、史記の列伝に「呉起伝」があります。短いカンタンな伝記ですが、呉起についてまとまった史料はこれしかありません。
「呉起伝」によれば、呉子は衛の人で曾子(曾参、孔子の弟子)のもとで学び、魯国に仕えた経歴を持っています。
呉子は兵家として著名ですが、もともとは儒家としての教育を受けています。
魯に仕えた呉子ですが、魯と隣国の斉が戦争状態になったときに思わぬ事件が起こります。
呉子の妻が斉出身ということで斉との内応を疑われ、呉子は身の潔白を証明するために妻を殺害するという行為にでました。
しかし、この呉子の行為はかえって彼の評価を厳しくする結果を招きました。そんな残忍な男は信用ならん、というところでしょう。
師の曾子ともトラブルを抱えた呉子は魯を去り、仕官の道を求めて魏に赴きます。
魏の文侯は呉子の悪評を知りつつ、その軍事的才能を高く評価し呉子を将軍として抜擢しました。
将軍としての呉子は兵卒と分け隔てなく付き合うだけでなく労苦を分かち合い、兵士たちの深い信頼を得ていくようになります。
「呉起伝」にこんなエピソードがあります。
「卒有病疽者。」体に腫物ができた兵士がいました。おそらくは傷が化膿したものでしょう。
なんと呉子は、自ら口で兵士の腫物から膿を吸い出したのです。
その話を聞いた兵士の母は声をあげて泣いたといいます。ある人がその兵士の母に、なぜ泣くのか尋ねました。将軍が兵士の膿を吸い出してやる、こんなありがたいことはないでしょう。
兵士の母が答えるには、かつて将軍は兵士の父の膿も吸い出してやったことがある、その父は戦場で最後まで退かずに戦って死んだ、おそらく子も同じ運命をたどるであろう、と。
膿を吸い出すのも厭わない呉子のために、兵士は命をかけて戦うに違いありません。
組織を強くするのは上官に対する信頼であることを呉子は知っていたのです。
兵たちの深い信頼を得た呉子は、魏の西方の防衛にあたり、秦や韓などの強国の侵入を許しませんでした。
国の防衛として山河などの天然の要害を頼みとする魏の文侯を呉子はたしなめています。「在徳不在険」重要なのは「徳に在りて険に在らず」、地勢ではなく組織力のほうが重要であるということでしょう。
西河の守として呉子はその名声を高めました。
しかし、呉子には大きな欠点もあったのです。
それは、あまりに自己を高く評価しすぎるという欠点です。
呉子のこの性格は、他人を低く評価するという反面を伴います。結果、呉子は魏国内で敵をつくることになり、魏を去って楚に活躍の場を移します。
楚の綽王は呉子を高く評価し、楚の相として迎え入れました。
呉子は、楚の貴族層から実権を奪い、自身の息のかかった人材を大胆に登用していきます。
具体的には軍の部下たちです。
呉子のもと、楚は軍事政権として強大化し、結果、隣国の警戒と敵視を招くことになります。
この国際情勢の変化を敏感に感じ取ったのが実権から排除された楚の貴族層です。
呉子によって政権の中枢から排除された彼ら特権階級の怒りと恨みは、ここに爆発します。
呉子を重用した綽王の死によって反乱が勃発します。
呉子は反乱軍に追い詰められ、綽王の遺体に取りすがった状態で射殺されました。
呉子は、軍事だけでなく政治にも野心をもっていたのが孫子と決定的に違う点でしょう。孫子と違い悲惨な最期を遂げたのがその何よりの証拠といえます。
ある意味では人間的な弱さを持った人物でもある呉子。
その思想について、彼の言葉から探っていきたいと思います。

呉子の言葉
呉子は儒学を学んだ経歴があるため、彼の発言には儒教の影響が認められますが、発想はあくまで儒教ではなく兵家のものです。
たとえば、次のような発言はその代表的なものです。
凡そ国を制し軍を治むるには必ずこれに教ふるに礼を以てし、これを励ますに義を以てし、恥有らしむ。
なぜ「恥」が必要なのか。「夫れ人は恥有るときは大に在りては以て戦うに足り、小に在りては以て守るに足る」からだ、と呉子はいいます。
「戦って勝つは易く、守って勝つは難し」とも書いています。
孫子と同じく、呉子もまた全戦全勝を貴びません。

凡そ兵戦の場は、止屍の地なり。死を必すれば則ち生き、生を幸すれば則ち死す。
リアリストとしての呉子の側面がよくあらわれています。
「葉隠」の山本常朝も同じようなことを書いていたと記憶しています。戦場では臆病風に吹かれたものが早死にする、という意味の言葉だったと思います。
死を覚悟して戦う、その方が生き延びる可能性が高いのです。
死中に活あり、というところでしょうか。
夫れ人は常に其の能わざる所に死し、其の便ならざる所に敗る
人は苦手な領域で実力を発揮することはできません。
「便ならざる所に敗る」のです。
この呉子の言葉は「治兵篇」の第五章にあり、「故に用兵の法は教戒を先と為す」と続きます。
兵を戦場に連れていくなら、まずは教育しなければならない、そういう趣旨です。
呉子の特徴の一つは、精神論や根性論がひとつもないことです。
シンプルで合理的です。呉子を読めば精神論や根性論が嘘であることがよくわかると思います。

凡そ人の将を論ずるは常に勇を観る。勇の将に於けるは乃ち数分の一のみ。
勇気は戦場においてだけでなく、人生において必要な徳目です。
しかし、軍人を評価するとき、この勇気という徳目だけがクローズアップされがちですが、それは軍人にとってほんのわずかな部分にすぎない、そう呉子はいいます。
もっと重要なことがあるからです。
将は軽々しく戦うものであってはならない。利を知らねばならない。
そのためには、「理」「備」「果」「戒」「約」の5つを慎まねばならない。
「理」とは軍の統率の方法を心得ること、「備」とは準備を怠らないこと、「果」は死ぬべき覚悟をすること、「戒」は勝ちに油断しないこと、「約」とは煩瑣な事務を簡略化すること。
ここにも呉子の合理精神が躍如としてあらわれています。
呉子に関する書籍
呉子に関する書籍は多数あります。その中から代表的な3冊をご紹介します。
孫子・呉子 (中公文庫)
町田三郎・尾崎秀樹による読み下し文と現代語訳です。
原文は収録されていませんが、もっともお手軽な1冊といえます。
呉子だけでなく孫子も収録されていますからお得感があります。
中国の思想(10) 孫子・呉子(改訂版) (徳間文庫) Kindle版
Kindle版は、Kindle unlinmitedの会員なら無料で読めます。しかも驚くことに、孫子呉子だけでなく、いわゆる「武経七書」と呼ばれる尉繚子・六韜・三略・司馬法・李衛公問対などの作品群も抄録ですが読むことができます。
孫子と呉子は全訳です。
さらに珍しいことに「孫臏兵法」も抄訳ですが収録されています。
Kindleを持っているならこちらも検討してみたいところです。
孫子 呉子 新釈漢文大系 (36)
もっともオーソドックスなのが本書です。
原文、読み下し文、口語訳、詳細な注釈、専門家の使用にも耐えうる他では求め難い1冊です。
内容についてあれこれ言う必要はありませんが、難点はデカいこと。持ち運びに向いていないのです。
書斎で読むならこの漢文大系をオススメします。
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