みなさん、こんにちは。
今回のテーマは漢文です。
授業で習う漢文ですが、現在ではハッキリ言って漢文を学ぶ意義というのは見出しにくいと思います。
漢文は古代中国の書き言葉です。
しゃべり言葉ではありません。
意思疎通のために考案された簡略な文章語です。
そんな文語を学んでどうするのか。
現代に漢文を使用する機会など皆無ではないか。
そう考えるのはもっともです。
ですが、使用しないからといって、学ばずに放っておくのは実に惜しいのです。
漢文には何千年もの歴史があります。
大陸の人間だけではなく、朝鮮半島の文人も、わが国の知識人も、漢文を通して先端知識を吸収し、視野を広げていったのです。
さらに、漢詩や文学の領域でも漢文は重要な役を務めました。
大陸王朝の歴史書は、清帝国まで漢文で書かれるのが当然でした。
その慣習が破られたのは、清帝国が倒れ、中華民国となり、さらに中国共産党の天下となってからです。
長い大陸の歴史で、漢文を放棄してからまだ1世紀ほどに過ぎないのです。
それまでの漢文の蓄積を思えば、この漢文について知識をもつことは非常に有益なことだとは思いませんか?
そこで、漢文を読むために役にたつ書籍を少しご紹介したいと思います。
全訳 漢辞海 三省堂
まずは辞書です。
これがないと始まりません。
ご紹介するのは、「全訳 漢辞海」です。
中国の古典を読むときは、この辞書があれば非常に便利です。
収録されている親字も1万2500と申し分ありません。
現代中国音も表記されていますので、関心のある方は現代中国音の参照にも使えます。
詩韻ももちろん載せられています。
漢詩に興味を持つ方がどれほどいるのかわかりませんが、この辞書があれば、漢詩を作るには不便でも、漢詩を読む分には問題ありません。
ちなみに巻末には近体詩の詩律も載っていますので、五言絶句や七言絶句を作ろうと思えば、この辞書があれば作れないことはないのです。
ちなみに七言絶句の詩律をこの辞書で確認してみます。
七絶はこうなっています。
「 奇数句A 〇〇 ●● 〇〇●
偶数句a ●● 〇〇 ●●◎
奇数句B ●● 〇〇 〇●●
偶数句b 〇〇 ●● ●〇◎」
この〇は平(平声)、●は仄(上声、去声、入声)、◎は平声の押韻をあらわしています。
つまり、この形式にあわせて漢字をあてはめていけば、誰でも七言絶句が作れるということです。
この形式も〇と●であらわすのでピンとこないかもしれませんが、これを平仄で書き直すとこうなります。
平平 仄仄 平平仄
仄仄 平平 仄仄平
仄仄 平平 平仄仄
平平 仄仄 仄平平
これを声に出して数回読んでみてください。
「ひょうひょう そくそく ひょうひょうそく」
こんな感じでいいです。
そうすると、形式が意外にリズミカルになっているのがわかりますよね。
漢詩が、リズムのある歌になっているのが実感できると思います。
ちょっと脱線しましたので、もとに戻ります。
この辞書の優れたところとして、熟語の出典が明記されていることがあげられます。
例えば、「定制」という熟語を調べてみましょう。
「定制」という項目には、「①制度・方法を定める」とあります。
その下に、「(漢・賈誼伝)」と書いてあります。
漢書の賈誼伝が出典だということがわかるのです。
これは詳しいですね。
この他にも、個人的にありがたいと感じたのは、巻末に「避諱挙例」が載っていることです。
避諱とは、かつての中国の習慣で、人の名前を諱といって、この諱に言及することは避ける習慣があったのです。
ですから、君主の諱ともなれば大ごとです。
君主の諱と同じ漢字をもつ地名などは変更させられてしまうのです。
例えば、現在の南京市は三国時代は建業という地名でしたが、西晋時代は皇帝の諱が業であったため、建業が建康と表記されるわけです。
場所は同じですが、地名が時代によって変わるのです。
地名だけではありません。
官命や人名も同じ原則が適用されます。
人名は無茶な感じがしますが、そのときは、「字(あざな)」で表記されます。
西晋時代でいえば、「昭」も諱ですから、「韋昭」という人物は「韋曜」と表記されるのです。
三国志などをみて、「字(あざな)」の役割を不思議に思った方もいると思いますが、「字」は諱のルールがあるために必要になったものかもしれません。
この辞書には、避諱の一覧が巻末にあるのですこぶる便利なのです。
基礎からのジャンプアップノート 漢文句法・演習ドリル 改訂版 三羽邦美
漢文を読むためには、漢文のルールを知る必要があります。
といっても、学校で習う知識で十分ですから、教科書を復習するだけでも足りますが、便利な参考書をひとつご紹介しておきます。
すべての知識習得に言えることだと思いますが、ただ読書するだけでは知識として身に付くことはありません。
インプットだけでは足りないのです。
アウトプットが重要です。
漢文においても、その原則は変わりません。
この本は、漢文の一通りの知識の説明だけではなく、演習が豊富な点が類書と比べて優れています。
値段もお手頃ですし、この本を2周ぐらいすれば漢文の基礎はほぼ十分といっていいでしょう。
まずは手を動かすことで、知識は自分のものになっていきます。
論語集註 補註 簡野道明
では実際に漢文に接してみましょう。
便利なのが、明治書院の「論語集註―補註」です。
これは論語に南宋の朱熹が注釈をつけたもので、新注とよばれ東アジア全域で広く読まれたものです。
返り点や一二点もついていますから、論語本文はもちろん、朱熹の注釈を読むのも最初は難しいかもしれませんが、慣れてくれば大丈夫です。
ひとつ、例を挙げておきます。
雍也第六の冒頭です。
原文はもちろん縦書きです。
返り点や一二点もついています。安心してください。
「子曰、雍也可使南面。」
子曰く、雍や南面せしむべし。
という本文の下に、小さい字で朱熹の注釈がつきます。
「南面者、人君聴治之位。言仲弓、寛洪簡重、有人君之度也」
文字を眺めているだけでもなんとなく意味がつたわるのが漢字の優れた点です。
「南面者」とは、南面とは、ということで意味の説明です。
「言仲弓」とは、仲弓が雍の「字」です。
冉雍、字が仲弓というのが本名です。
仲弓の人となりは、人君としての器がある、というのが朱熹の注釈です。
この本の唯一の欠点は、索引がないことでしょうか。
単語を探すのに苦労するのです。
それでも、初心者が漢文に慣れていくためには、最適の教科書と言えると思います。
精講 漢文 前野直彬
漢文参考書として有名な著作の復刊がこちらです。
文庫としては少し分厚いですが、内容はさすがに名著なだけあって素晴らしいものです。
漢字そのものの説明から始まり、音韻や文法など漢文についての理解を深め、さらに、中国の歴史の概観など、純粋に読書するだけでも楽しめます。
私がくどくどしく説明するまでもない名著なので、漢文愛好者だけでなく、広く中国史や中国文学に興味を持つ方々も手に取っていただきたい。
知識の整理としても十分使えますし、巻末には索引もありますので語彙の検索も容易です。
自信をもっておススメする、なんて陳腐な決まり文句は不要です。
即座にお買い求めください。
読むだけでも面白い参考書というのは、なかなかないものですよ。
まとめ
漢文は裾野が広い分野です。
一度入り込んだら、その魅力にとりつかれて抜け出ることは容易ではありません。
それほど奥は深く、広い世界なのです。
ただし、一点、注意すべきなのが、漢文はあくまで過去の古典ですから、現代中国の理解のためには役に立たないことです。
百害あって一利なし、といってもいいでしょう。
両者はまったくの別物だと割り切りましょう。
この点は絶対に忘れないでください。
現代中国を知りたいなら、もっと適切なアプローチの仕方があります。
漢文から中国を理解しようとして10年の歳月を棒に振った、と言ったのは橘樸ですが、この言葉には苦い実感がこもっています。
あくまでも古典として、教養として漢文を楽しもうではありませんか。
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