名著の宝庫!「日本思想大系」のすすめ

書評

岩波書店の名シリーズ「日本思想大系」について語りたいと思います。

「古事記」から江戸時代末期まで、日本人の名著を収めた本シリーズのなかからもっとも思い出深い作品をいくつか紹介していきます。

このシリーズでしか読めない作品ばかりの大変貴重なものです。読書好きにはたまらないシリーズ、それが「日本思想大系」でした。

ただ、現在では「日本思想大系」は古本とオンデマンドで入手するほかはありません。そこで、オンデマンドでも購入できるものに限ってご紹介したいと思います。

「日本思想大系」とは

「日本思想大系」は岩波書店で刊行していた叢書のひとつです。

第1巻の「古事記」から第67巻の「民衆宗教の思想」まで、古代から江戸時代末期までの数々の著作が収められています。

中世・近世の著作は漢文で書かれた作品も多いので、このシリーズは読み下し文とページ上に注釈、さらに巻末に漢文の原文と補注、というスタイルです。

私は漢文好きなのでこのシリーズが大変お気に入りなのです。

すでに述べましたが、現在では「日本思想大系」を入手するには古本かオンデマンドによる以外にありません。

しかもオンデマンド版のラインナップは「日本思想大系」のすべてを網羅しているわけではないのです。

一見したところ仏教系の巻が多く、儒学者たちの巻がほとんどないことに気づきます。需要と供給の関係でしょうが、儒学者の作品が少ないのは非常に残念なことです。

それでも、これほど多くの貴重な作品が手軽に読めるだけでもありがたいというものです。

天台本覚論

「天台本覚論」という言葉を知ったのは、小室直樹氏の著作を通じてです。

それ以前は「天台本覚論」が日本思想大系の一冊であることも知りませんでした。いかに不注意であるかわかろうというものです。

末木文美士氏の「日本仏教史」によって、「本覚論」というものが「大乗起信論」の強い影響のもとに成立していることも知りました。

では、「天台本覚論」とは一体何かというと、巻末の田村芳朗氏の概説によれば「仏教哲理としてはクライマックスのもの」とのことです。

思い切って簡略化していえば、「現実」がそのまま「真理」である、そういう世界観のことです。

あるがままの現実がそのまま世界の真の姿である、という態度であれば、修行の価値の下落は避けられません。修行する意味などないからです。私たちは真理を見ているのに、なぜことさら修行などしなければならないのか。

「天台本覚論」によって日本人は自由になったとともに、仏教としての堕落も始まったと考えざるをえません。

ちなみに、本書に収められている作品は以下の通りです。「」は書名、()は著者名です。


1「本理大綱集」(伝 最澄)
2「天台法華宗牛頭法門要纂」(伝 最澄)
3「修善寺決」(伝 最澄)
4「本覚讃 註本覚讃」(伝 良源)
5「本覚讃釈」(伝 源信)
6「真如観」(伝 源信)
7「三十四箇事書」(伝 源信)
8「漢光類聚」(伝 忠尋)
9「相伝法門見聞」(心賀)


詳しい注釈もありますし、原文も載せられています。

しかし、どれも決して読みやすいものではありません。論旨を理解するのに骨が折れることと思います。

まずは4の「本覚讃 註本覚讃」を読むことをオススメします。そのあと巻末にある田村芳朗氏の「天台本覚思想概説」を熟読したあと1から読み始めるのが理解しやすいでしょう。

たまには難解な本にチャレンジしてみるのもいいものです。頭の体操になりますからね。

近世仏教の思想

江戸時代に目覚ましい活躍を見せたのは、主に儒学を学んだ人々です。

思いつくままに名前を挙げてみると、中江藤樹、熊沢蕃山、山崎闇斎、伊藤仁斎、新井白石、荻生徂徠などの俊秀がすぐに頭に浮かびます。

これらの人々は儒学者として知られています。儒教が熱心に学ばれたのが江戸時代といえましょう。

では仏教界はどうだったのでしょうか?新しい思想的発展はなかったのでしょうか。本末・檀家制度の体制派に組み込まれた仏教界はひたすら堕落していっただけなのでしょうか。

実際はそんなことはないのです。そのことを教えてくれるのが本書です。この「近世仏教の思想」を一読すればそのことがわかります。

収められている作品を以下に列挙します。「」内が書名、()内は著者名です。


1「三彝訓」(大我)
2「僧分教誨三罪録」(徳竜)
3「総斥排仏弁」(竜温)
4「妙好人伝」(初編 仰誓、二編 僧純)
5「宗義制法論」(日奥)
6「妙正物語」(伝日典)
7「千代見草」(伝日遠)


以上7編です。宗派で見てみますと、1の著者である大我は浄土宗、2の徳竜と3の竜温は真宗東本願寺派、4の仰誓と僧純は真宗西本願寺派、5の日奥は日蓮宗不受不施派の始祖、6の日典も同じく日蓮宗不受不施派、7の日遠は同じ日蓮宗でも受不施派です。

宗派のこまかい議論にまでは踏み込みませんが、本書に収められている作品で特に注目したいのは4の「妙好人伝」です。

仏教の教学について無知であっても通読するのに支障はないからです。むしろ、仏教教学に無縁の庶民を教化するためのテキストがこの「妙好人伝」であるともいえます。

真宗のひたすらな信仰を胸につつましく生きた無名の人々の伝記を集めたものです。一人一人の伝記は短いものですから読み通すのにあまり苦労はしないでしょう。

この「妙好人伝」を読んで感じるのは、発想の転換といいましょうか、そんな考え方があるかという素直な驚きです。

苦労を苦労とせず、不幸を不幸と思わずむしろそこに仏縁を見る無名の庶民の姿から宗教というものの驚くべき力を垣間見ることができるでしょう。

荻生徂徠

江戸時代を代表する思想家といえば荻生徂徠です。

影響力の大きさという観点でいえば本居宣長と双璧ではないでしょうか。

その徂徠の代表作がまとめられているのが本書です。収録されている作品を列挙します。


1「弁道」
2「弁名」
3「学則」
4「政談」
5「太平策」
6「徂徠集」


巻末には吉川幸次郎の「徂徠学案」、辻達也の「「政談」の社会的背景」、丸山真男の「「太平策」考」が掲載されています。

どれも読みごたえのある文章ですが、個人的には吉川幸次郎の文章がおもしろかった。

吉川はあまり徂徠が好きではないようで、むしろ徂徠の先輩にあたる伊藤仁斎にシンパシーを感じているのが文章に表れています。

「太平策」は丸山真男が校注しており、こういう地味な仕事もするのかと意外な感じがしました。

ちなみに「政談」は岩波文庫でも入手することが可能です。

「日本思想大系」では漢字・カナ表記だった「政談」も文庫本では漢字・かな表記ですから、格段に読みやすいのは岩波文庫のほうです。

さて、この「日本思想大系」の荻生徂徠ですが、なによりうれしいのは徂徠の代表作である「弁道」「弁名」「学則」が原文とともに収められていることです。

徂徠の思想に深入りすることはできませんが、この3つの著作を読むだけでも徂徠の思想家としての力量がはっきりとわかります。

何より読みやすい。難しい問題をわかりやすく書けるというのは、相当の力量がなければ困難です。

なお、オンデマンド版では荻生徂徠は上・下巻に分かれており、上巻には「弁道」「弁名」「学則」「政談」が、下巻には「太平策」「徂徠集」が収録されています。

徂徠の思想を知るには、やはり「弁道」「弁名」「学則」の3つは外せません。丸山真男のファンなら下巻も購入してもいいでしょうが、「太平策」は徂徠の作品かどうか怪しいところもある作品です。ただ、最後は好みですから、ご自分の直感を信じて選んでください。

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