福田恆存の「私の人間論 福田恆存覚書」について

書評

戦後思想について関心を持つ方なら福田恆存をご存じでしょう。

戦後を代表する評論家であり思想家です。思想家とよぶにふさわしい数少ない文士のひとりです。

今回は、「私の人間論 福田恆存覚書」ビジネス社をご紹介します。福田ファンのみならず、人間について幅広い関心をもつすべての人々にオススメしたい本です。

内容に進む前に、福田恆存という人物についておさらいしておきましょう。

福田恆存について

福田恆存(1912~1994)の仕事は多岐にわたります。

翻訳家としてはシェイクスピアのすぐれた翻訳があります。現在でも新潮文庫で福田訳シェイクスピアを楽しむことができます。これは文学者としての仕事です。

しかし、福田の仕事はそこにとどまりません。福田は戦後の保守思想を代表する論客でもあります。

日本国憲法を「当用憲法」と揶揄し、ベトナム戦争でのアメリカによる北ベトナム爆撃を擁護する硬骨の人でもありました。

福田が活躍した当時の日本は左翼的言論が幅をきかせる言語空間でしたが、福田は臆することなく是々非々で言論活動を行ったのです。

結果として福田は保守反動のレッテルを貼られ、インテリ層から顧みられなくなりましたが、時代が変わった現在から見れば福田が正しかったことは明白でしょう。

福田の著作が近年続々と出版されている現状を見れば、福田を保守反動の輩とみなす風潮は完全に過去のものとなったといえます。

福田の著作は生前、自身の手によって「福田恆存全集」全8巻にまとめられています。

しかし、この全集は現在では入手しがたいのも事実です。

福田の思想を知るには「全集」か麗澤大学出版会の「福田恆存評論集」全20巻・別巻1を研究する必要がありますが、残念ながらどちらも中古本でなければ購入が難しくなっています。

今回ご紹介する「私の人間論 福田恆存覚書」は福田恆存初心者のみならず長年の福田ファンにとっても手元に置いておきたい構成になっています。

「私の人間論 福田恆存覚書」について

本書の構成は、「福田恆存全集」に収められている6つの覚書(1巻~6巻)と、1966年(昭和41年)刊行の「福田恆存評論集」全7巻の後書を収録したものとなっています。

「評論集」の後書は、自身の評論についての解説が主な内容ですから、福田の作品に接したことがない読者にとっては何が何やらよくわからない部分があるかもしれません。

福田ファンにとっては新たな発見があるかもしれませんが。重要なのは「全集」覚書のほうでしょう。

たとえ「全集」をもっていても、こういう形で覚書をまとめて読めるのは貴重です。「全集」を持ち運ぶわけにはいきませんから。

覚書は回想が主ですからそれぞれ趣があって楽しいのですが、やはり重要なのは覚書六の「フィクション論」でしょう。フィクション論について以下に見ていきます。

フィクション論について

福田のフィクション論を単純化して以下の2点に注意を促したいと思います。

①国家、歴史、義務などは「フィクション」である

②「フィクション」は嘘ではなく事実、実在である

①と②は一見したところ矛盾しているように感じます。

①について異論はないでしょう。国家もフィクションであり、歴史もフィクションであり、義務も、家族も、神もフィクションであります。それは人間が作ったものに違いありません。

しかし、それはフィクションであっても嘘ではありません。作ったものであっても幻想ではないのです。

ここで重要になるのは福田が指摘しているアリストテレスの「技術は自然を模倣する」という言葉です。

「フィクション」は人間の行為ですから「技術」です。では「技術」は「自然」とは違うのかといえばそうではありません。

「技術」と「自然」は対立概念ではありません。

少なくとも福田はそう考えてはいません。「自然」と「技術」は連続的な概念なのです。

福田は書いています。

かうなれば、人間の技術もなければ、自然の技術もない。人間もまた自然物であり、さういふ人間を含む大自然とは、その「初め」から「終り」まで、永遠に技術的なる或物であつて、しかも、これ以外に如何なる物も存在しない。

「私の人間論 福田恆存覚書」  p189

「技術」は人間の営みであるが、「自然」の延長線上に存在するだけであり、すべては「自然」に収斂していく、これが福田の世界です。

そう考えると、すべてが「フィクション」でありながら、すべては実在である、という一見矛盾に思える主張もわかるような気もします。

ぜひ皆さんも本書をひもといて福田が言わんとする点に思いをひそめていただきたい。

このフィクション論は福田の思想の到達点ともいうべきもので、読者によって受け止め方はさまざまでしょうが、私としては大森荘蔵の「天地有情」にも通じるものを感じます。

何度も何度も読み返す価値がある作品だと思います。

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